ベルリンとドレスデンは家族連れで、
それからはライン川下り、ハイデルベルグやミュンヘンへの一人旅
ドイツもまた長年いつか行きたいと心の中で温めていた場所でした。
大学の第二外国語はドイツ語を取り、そのおかげで生涯に渡り付き合うことになる友達にも巡り遭いました。
ドイツ語の先生は、背のあまり高くない堅実な感じのがっしりした人で訛りの強い英語を話す人でした。
人なつこい感じだったのを今でも覚えています。当時、就職先の一つとして受かったドイツ海外銀行に入っていたら、私の人生も全く違ったものになっていたでしょう。
でも、外資の出版社に入り、その後ドイツとの関連は全くないままに、時間が過ぎてしましましたが、カナダに移り住んで、8年間ほど住むことになった一軒家の一階のアパートの大家さんが背の高いドイツ人のカップルでした。
また、職場の人事部に異動になった時には、周りにも気を使う優しそうなドイツ人のボスがいました。
そのうち大学を卒業した娘が、2年ほどベルリンで勉強をする事になり、それがいざ終わると言う頃になって始めてベルリンを訪れる事になりました。
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ベルリンの壁と旧東ドイツの街並み
ベルリンは質素で若者達が楽しめる街だと聞いていましたが、確かに、あまり飾りっ気もない黒っぽい服を着た若者達がたくさん闊歩しているのが目にとまりました。
最初に訪れたのがベルリンのシンボルとされているブランデンブルグ門とホロコスト記念館でした。
第二次世界大戦後と冷戦期を経て、東ベルリン側にあったブランデンブルグ門は、1961年から通行できなくなっていました。
冷戦もだいぶ溶けかかって来た1989年に、指令の手違いから開かれる事になった門、壁を東西ベルリンの市民が壁を乗り越えて渡ったと聞いた時、日本にいた私は心温まる気持ちになったものです。
その時の壁の一部がお土産としてあちこちに出回った時に、その一つをもらったのを今でも昨日の事のように覚えています。今では誰でも通る事のできる門は、ドイツ再統一の象徴となっています。
ホロコスト記念館を始め、ドイツのあちこちで、過去の戦争時の事実を隠す事なく次世代に繋いでいこうとする努力があちこちに見かけられましたが、ここまでしての懺悔も殺されていった人達にどう届くのかと思いました。
ただ、やはりこれらはもちろん過去の懺悔以外に、これからの将来に向けての忘れるなとの戒めの為の物であるはずで、公衆の目の届く所にあるのが適切である事は言うまでもないと思います。
東西の壁の跡は、あちこちで保存されていて、かの有名なブレジネフとキッシンジャーのキスシーンを描いた壁画にも目と鼻の先でもろに本物に出くわしてインパクトの大きさにびっくりしました。
東側に所属していた時には、それぞれの階に一つしかなかった共同のお手洗いなども改善されて、外も内も小綺麗に改装された手頃なアパートがあちこちに見かけられて、若者達が集まる要因となっているようでした。
戦後70年の軌跡を追う写真集なども見ましたが、全くの瓦礫の山とかした市街を駆り出された女達が瓦礫を一つ一つ拾う事から始められ、日本を始め何処も同じであったようですが、戦後の復興は、本当に目を見張るものがあり、人間の強かさに頭がさがる思いでした。
ベルリンの国会議事堂
ベルリンの国会議事堂は、爆撃で残った建物を修復・改築したものだそうですが、古いドームを設計に取り入れたくなかった建築家の意向とは逆に、関係者の希望を取り入れて、非常に斬新なガラス張りのデザインのドームがこの建物のセンターを飾るものになっています。
観光名所の一つで、事前に予約をして置かないとなかなかはいれないのですが、娘のルームメートが以前に国会議員秘書のアシスタントをしていた関係で、中もとても丁寧に案内してもらえ、アンゲラ・メルケル首相が党会談をする時に座るという椅子にも座ってみる事ができラッキーでした。
私は、街中に川があれば、観光船に乗って眺めるのが好きですが、ベルリンにも市街を流れるシュプレー川あり、遊覧船に乗ってゆっくりと見学するのもお勧めの一つです。
博物館が集まる中洲の辺りには、堂々としたベルリン大聖堂始め、古代からの美術品のコレクションで有名な、ベルガモン博物館などの見所が目白押しです。
チェックポイント・チャーリー
この国境検問所は、冷戦のシンボルのように捉えられていて、スパイ映画などにも時々登場していて有名な所です。
復元されたチェックポイントは、記念写真などを撮る人達の間で人気スポットとなっています。
歴史などでは、一通り学んでいても、いざ実際にベルリンの壁の一部に触ったり、野外の展示物を見たりする機会に出会えると、感慨もひとしおです。
来年は、壁が壊されてからもう30年になります。EUの統合努力の要としての役割を果たしている今のドイツを当時誰が思い浮かべる事ができたでしょうか。
古都ドレスデンの街
東ドイツの領土に属していた今でも古い建物を見えるというドレスデンの街並みを見るために、列車に乗って移動しました。
ドイツ鉄道(DB)は、主要都市を網羅していて、列車の切符もオンラインで事前に予約する事ができます。
エルベ川のほとりにある街、ドレスデンでは、今でも戦後の復興の努力が続けられているのが見られます。
戦争で破壊された数々の建物を取り壊してしまわずに、以前のように復興しようとするその努力たるや並大抵なものではありません。
ドレスデンの旧市街地は、徒歩で見て回れます。古いものが修復されているので、ツヴィンガー宮殿や絵画館、フラウェイン教会、君主の行進と呼ばれるタイル壁画など、あまり時間を気にしないでゆっくりと回って、疲れたら小高い丘の上からエルベ川べりを覗くのも、まるで時間を遡ったかの様に、ゆったりとした憩いの気分にしてくれます。
中でも、宮殿は見所です。古い建物をの煤けた所や新しく修復した跡が見れると共に、回路の上からの眺めも、彫刻も、周りの庭も素晴らしい設定です。
空爆で破壊されても蘇った街は戦火に耐えた部分も含めて、歴史を遡って伝えてくれます。
ドイツ旅行②
「ライン川下り、ハイデルベルグやミュンヘンへの一人旅」に続く・・・